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『評伝ナンシー関 心に一人のナンシーを』について

実は腐人、ナンシー関さんの著作を
1冊も読んだことがない。

ついでに言えば、
ナンシー関さんが主たる活躍の場とされていた
「雑誌」という形態は、何度もゆーてますが大嫌い。
だから、全く読んでないに等しいし、
ネタの中心にすえておられたテレビについても、
さして見ていない。

なのに、なんで評伝を読もうと思ったのか。

こんだけ縁遠いとこにいる腐人の目や耳に、
死後10年を経過した今になっても、
ナンシー関さんを惜しむ声が見え、聞こえてくるからだ。

そこまで言われるナンシーさんというのは、
いったいどういう人だったのか。

その興味に囚われちゃったんだよなー。

ま、腐人の読書選本って、ほとんど直感だから、
たぶんそーゆー思考回路が動いたんだろうな、
というとこですが。


えーと、まずカウントしときまひょか。

(797)一般本 『評伝ナンシー関 心に一人のナンシーを』 横田増生

この本ではいろんな方がナンシーさんについて
いろいろと語られているし、
数多い著作の引用も多数行われている。

が、腐人が読んでみたいなと思ったのは、
1冊だけだ。

伏見憲明さんとマツコ・デラックスさんとナンシーさんの
鼎談が載ってるという『超弩級』

ナンシーさんが、というより、
このメンツで、どういう話をしたかが、すごく気になるんで。

腐人は伏見さんの著作も、
マツコさんの著作も読んでるし、
そうなると、恐らく、クイアの話になったと思うから、
どう切ったのか、気になるのだ。

それ以外は・・・いいや。

なんつーか・・・
ものすごい影響受けそうだから読むのヤだ、
ってのが、正直なとこかもなー。

いやだって、読んでると思考が似てるんだもん。

例えば、腐人がこの本でひっかかった部分は4ヶ所あるんだが、
そのうちの1つが、『瞠目新聞』
ナンシーさんが子連れ母の自己陶酔を批判したものなのね。

腐人はその引用を読んで、思わずニヤリとした。
同時に、ナンシーさんってやさしいなぁとも思った。

だって、ぶっちゃけ腐人は、
「結婚してこそ一人前」
「母になるのが女の幸せ」
ってなお題目を信じてる人って、
性根が奴隷の、理性で考えることをしようとしない
救いようのないバカだと思ってるのだ

さぁ、これでいったい何人の敵を作った?
腐人ちゃん(^_^メ)

ま、それはともかく、
こーゆー人って、
自分が、己のエゴを満足させるために、
新たなる奴隷を生みだしたってことを
なぜ自覚せずに、むしろそれを自慢気にいえるのか、
どんだけ恥を知らんのかねぇ・・・(~_~)・・・
と腐人は思うのね。

腐人にゃー、とんとわからん心境だ。

なので、飼われてる食用ブタに、
「おまえは食われるために育てられてるんだぞ」と
誰もいわないように、
そーゆー人たちと、腐人は会話する気が全くない。
ブヒブヒ言われても、ブタ語わかんないしー

でも、ナンシーさんは、あえてブタに忠告した。
そこがやさしいなぁと腐人は思ったのだ。

ま、中には、そーゆーこと全てをわかったうえで
いろいろ考えた結果、
あえて、結婚、出産を選択してる方もいる。

そーゆー方々はいいんだけどね。


その一方で、腐人はチビが好きなので、
チビ連れでの行動が、
どんだけ大変かってこともよく知ってる。

だったらベビーカー押して歩道を占拠し、
ゆっくり歩いったってしょうがないと思うでしょ!?
とか言われるかもしれんが、それは別問題だぜ。

だって、はっきり言わせてもらえば、
ガキがサルから人になって、
社会性が身につくまで、出かけなきゃいいのだ。

いわば、公道を散歩する資格がないペットを
公道を散歩してる自覚がない飼い主が
つれ歩くよーなもんで、
首輪もリードもつけずに
土佐犬を散歩させてるのと同列なんだけどねぇ。

母親に、飼い主になったという自覚をもって、
身の程をわきまえろ、ってこと。

昔の日本人はそうだった。

でも今は、違うわなぁ。

本来は何よりも優先されるべき「母親である私」が
どんどん下位にされ、
「××歳の女性である私」であることを優先し、
「子供の教育?そんなの学校でやってよ」
ってな話になっちょる。

親が公共ルールを守る姿をみせないで、
なんで公共ルールを守れる子供が育つと思えるのか、
その奇想天外な発想に、腐人はついてけねぇ。


ま、ナンシーさんは
ここまで思ってらっしゃらなかったかもしれんが、
独身で子ナシ女がこういう発言をすると、
今も昔も「ひがみ!」と言われる中、
よくぞこの発言をなさったなと、感嘆する。

・・・ちなみに、この「ひがみ!」に対しては、
腐人は、そのあまりの独善感に吐き気を覚えるんだが、
どーすかね?

ま、この件に関してはこの辺にしておこう。

じゃないと、絶対に言っちゃいけない一言が
つるりと口からもれないとも限らない・・・。



気になった4つのうちの2つめ。

腐人がなんとなくわかるなーと思ったのが、
テレビへの愛。

日本テレビの名物プロデューサーだった土屋敏男さんが
ナンシーさんの存在を「1つの指標」と評していた。
その存在がなくなった今、
こちらも1つの指標にすぎない視聴率にふりまわされ、
テレビの健全化が難しくなっているってなお話だったんだが、
正しく知りたい方は、本書をどーぞ。

腐人は上記に書いたようにテレビに興味はない。
でも本には興味があるし、本、特にBLの枠を愛している。

なので!
わかるのよ!

ナンシーさんが、芸もなんもねぇくせに
テレビという場にでてきてデカイ顔してる存在にむかつくとか、
テレビ自身が、あまりにあごきな行為をしているのをみて
責任者でてこーい!と怒りたくなるとことか、
すっげぇわかる!

こんな本、出してんじゃねぇよ!!と、
ちゃぶ台ひっくり返したくなるのは、
本を愛するからこそ、なのだ。

ある意味、その愛の深さと歪みは、
ストーカーといわれてもしゃーないかもしれない。

でもね、そこで発する意見が
主観バリバリの感情論じゃなかったら?

冷徹なる観察眼による裏付けと、
業界に対する深く広い知識でもって、
揺らぎない客観視点で分析した意見なら?

それは、正解がない問題を
延々と解き続けるようなクリエイターの現場において
ものすごくありがたい指標になるんじゃなかろうか。

と、腐人自身もどっかそう思ってるというか、
そうなってくれたらいいなと思って
書いてるところはある。


まぁ、そーゆーのがすごーくわかるんで、
なんつーか、「あかんやろ、これは」ってのが
大きな顔してることは、
感情的にイヤって以上に、
こいつのおかげで、私が愛する世界が破壊されてしまうんではないか!
という、危機感を抱くんだよな。
たぶん。

ってことで、気になった3つめ、
デーブ・スペクターとの論争にスライドする。

ここで取り上げられてるナンシーさんのご意見と
それに対するスペクターさんのご意見だが・・・
うーん・・・
どうみても、ナンシーさんのが正しいわなぁ・・・。

ってか、スペクターさんのって、
論点がずれてんだもん。

的外れなんですけど、これ。

まぁ、母語じゃないのに、
こういう言論ケンカをしようって気概は
すげぇなとは思うけど、
ゆってる内容自身には、苦笑が浮かんでしまう。

腐人も母語じゃない言葉でケンカするときは
気をつけよう。
って、関西弁(母語)と標準語しか
しゃべられへんのやけどな。

読みたい人しか手にとらない本とちがって、
テレビは、大衆のものだ。
っても、今じゃその地位も危ういが。

そんでも、
「テレビで言っていたことは、すべて正しい」
という刷りこみに、人は慣れてしまっている。

だからこそ、テレビでの発言は気をつけねばならんのだが、
なんかそういうの、なくなっちまってるなぁ・・・。

そういう点で、テレビがおかしなことをしていたら
都度、軽妙な口調でズバリと切り込み、警句を発してくれていた
ナンシーさんという存在は、ものすごくデカかったんだろう。


っても、ナンシーさんが活躍されていた時代、
主たる執筆の場であった雑誌は、
メディアとして全盛期であり、
テレビも、可処分時間の消費方法としては
他の追随を許さない不動の1位だった。

しかし、死後10年が経過した今、
雑誌は、休刊廃刊減部数の連発で、凋落の一途をたどり、
テレビは、スポンサーがつかず、四苦八苦している。

それは、IT化が進んだ時代の変化という要因が、
確かに大きなところを占めているが、
業界の質を保つ上において、
とても重要な要であったナンシーさんの不在というのも
少なからず影響してるんではなかろうか。

その指標がなくなり、
自浄作用がうまく働かなくなり、
クリエイターが視聴率、
すなわちカスタマー・マイオピアに振り回された結果、
テレビや雑誌はつまらないものに成り果てた。

まーだからこそ、腐人なんぞの耳にも
ナンシーさんを惜しむ声がきこえたりするんだろうて。


残念ながら、雑誌とテレビに見られるこの傾向は、
この先、さらにひどくなることはあっても、
ナンシーさんがおらず、その才能に匹敵する存在が現れない今、
過去のような栄光を再び手にすることは、
もはやあるまい。

ま、腐人は雑誌もテレビもさほど好きじゃないから
別にいいんだけどねー。

好きだという人は、頑張って改革してくれたまへ。



最後に、腐人がひっかかった4つめであるが、
それはナンシーさんの体形のこと。

ってか、どうもそこと、
この比類なき「ナンシー関」という才能を
結び付けたがってるなぁ・・・と読めたんですが、
これねー、腐人は異議を唱えたい。

なんつーか、こんな「たられば」、
言ったところで意味なかろうて。

さしずめ、一生童貞を貫きそうなチビデブハゲに、
もし、あなたが福山雅治に似た外見だったら、
童貞捨てれたとおもいますか?
ってゆーとるよーなもんやで。

生まれたときからあの外見しとりゃー
中身もちごてるて。

関直美さんが生まれてからの
すべての生育環境や経験があってはじめて、
「ナンシー関」というキャラクターが存在する。

その一部だけとりあげてあーだこーだゆーのは
愚の骨頂だろう。


腐人としては、ナンシーさんの過去を振り返るならば、
むしろその観察眼と批評精神とテレビに対する愛着は、
その生育環境で培われたものと思う。

1つは、青森という田舎だったこと。
もう1つは、女子校だったこと。

そっちを掘りさげんかい!と思うが、
これは、横田さんが男性なので、
わからんかもしれんなぁ・・・。

ここについて言及してくとキリなくなるんで、
やめときますが、過去に何度か触れてます。

「少女小説とフェミニズム」とか、
「女子校」、「女子校育ち」あたりで
このブログを検索してもらうとひっかかってきます。

が、端的にいえば、こんな感じ?

●田舎育ちとは、
抑圧されたフェミニズムの洗礼をうけながら
育つことであり、
なんでも手に入る都会と違い、
絶えず満たされない環境で育つため、
人生における大事な要素、
飢餓感すなわちハングリー精神を持つことができる。

●女子校育ちとは、
人間形成において、すごく重要な思春期に、
異性の目がない環境で、
男女の社会的役割を押し付けられることなく成長できるため、
一個の人間として、鋭い観察眼や批判的精神、
他者に依存しない実行力を養うことができる。

腐人の持論としては、
「人として、確固たる価値観ができあがるまでは、
 田舎で育て!」
である。

とまー、腐人はこう思ってまして、
ナンシー関さんを掘り下げる上においては、
そっちのが重要だと思うンだけどねー。


でも、写真をみるかぎり。
やっぱこれは何かしら
病気の要因があったんじゃないかなぁと思う。

アメリカでよく見られる食欲中枢や肥満因子に問題がある
いわゆる病的な肥満に近い気がするんだもん。

でも、そういうのにピリピリしながら長生きすることは
あんま望んでらっしゃらなかったかなという気もする。


腐人はナンシーさんという方を、
全くといっていいほど知らなかったですが、
なかなかおもろい評伝でした。

最後にもう一度カウント。

(797)一般本 『評伝ナンシー関 心に一人のナンシーを』 横田増生

以下、読書録。

●11日
(798)BL/ホリー 『二月病』 尾上与一
  お話全体が持つ雰囲気は
  好きなんだがなー。

  あとがきにあったモデルとなった事件ってのは、
  1998年の坂出送電塔倒壊事件ですな。

  それを下敷きに、と思われたせいか、
  そこんとこはいいんだが、
  そうじゃないとこが、どうもちょっと
  「落ち着け!」と言いたくなるぐらい、
  なんかツッコミどころ満載なんだよ。


  まず、なんで蒼ちゃん家が狙われたわけ?

  例えば、蒼ちゃん家が土建屋で、
  その倉庫に狙い目があった・・・
  とかならわかるんだが、
  あまりにも犯罪に計画性がない。

  腐人は三面記事が大好物なので、
  よくこーゆーのも読みますが、
  外国人犯罪の場合、
  確かにやることは荒っぽいが、
  場当たり的なのは少ないと思うんだがなぁ・・・。

  一家殺害ってのは、どっちかってぇと
  外国人犯罪じゃなくて、日本人犯罪が多いしねぇ。
  
  こんなことして、脅迫やったって、
  望む結果は得られないと思うンだけどなぁ・・・。

  
  それに、なんで毎日会いにいって、
  細かいもんの受け渡ししとるのに、
  逃げるための道具を渡さない?

  二手三手先を踏まえて、
  どう転んでも対応できるように
  できることはやっておくってのは
  定石じゃないのか?


  ま、それらを踏まえて、もし腐人だったら?
  ってなのを考えれば、
  一番に出たのは、「ネットで買う」。

  ま、1998年当時はこんなIT世界はなかったから
  これは即却下であるが、
  犯罪者側にしろ、蒼ちゃんたちの立場にしろ、
  そういうのをもってそうな土建屋か、
  工事現場を襲うなぁ・・・。

  そのんがてっとりばやいもん。

  時間と金があるならば、
  偽装してくれる代理人さがして、
  正規ルートで購入する。

  そんでとっととトンズラするな。
  某独裁国への輸出入ならピリピリされるが、
  ボルト程度なら、
  町工場と交渉して作ってもらう
  ってのもありだろなぁ。
  100本程度なら、そんな難しくなかろうて。

  と、同時に、使えるもんはなんでも使い、
  かつ、監禁状態から逃げる方法を考える。

  とかなんとか思っちゃうので、
  なんでこんな思考になんのー!?
  ってのが、わりとあちこちにあって、
  どーにもそれがひっかかるのだ。

  まぁ、ガイジンならしかたねぇか・・・とか、
  17,8のガキんちょならしゃーねぇか・・・
  基本、これは犯罪本じゃなくってラブ本だし、ねぇ
  と納得はさせたが、
  なーんかそのせーで、
  この若田のおっさんが、
  イマイチ生きないんだよなぁ・・・。

  鉄塔倒壊を使いたい、がありきだったのかもしれんが、
  腐人みたく、三面記事大好き人間が読者だったりもするんで、
  もちっとそこらもしっかり作って欲しかった。

  悪くはないんだが、もうちょっと練れたんでは?
  ってとこでしょうか。

  ちなみに、ラブんとこはグッジョブです。
  あの御朱印帳のエピソードとか、好きです。
  

  しかし、船のって逃げた後、
  そんな楽なじゃなかったと思うンだけどな。

  そして、しあわせにくらしましたとさ、
  ってのは、
  これまた、結局、物語だから、
  ということなんすかねぇ。
[ 2012/09/12 ] 腹黒読書 | TB(-) | CM(-)

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